ABOUT

あがいてぃーだについて

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ようこそ、「あがいてぃーだ」へ

ようこそ、「あがいてぃーだ」へ
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目の前に広がる美らブルーな(美しく青い)海
心地よい波の音と海を渡る爽やかな風

あたり前のように、あがいてぃーだ(昇る太陽)で一日が始まり
沈む夕日で一日が暮れてゆく

そんなあたり前の自然に身をゆだね、ゆったりとした時の流れの中で、あたり前ではない自分だけの物語をつくってみませんか。

わたしたちは、みなさまのそんな物語づくりのお手伝いをさせていただきたいと考えています。

ご家族やカップル、仲間どうし。
ゆったりと流れる沖縄の時間を是非、今帰仁の小さなお宿"あがいてぃーだ"でお過ごしください。

「あがいてぃーだ」とは

宿の名前「あがいてぃーだ」は、沖縄の方言で「昇る太陽」の意味です。
自然の象徴である太陽が昇り一日が始まるというあたりまえの自然のサイクルに、生かされていることへの感謝の気持ちと生きていることの喜び、そして自然に対する畏敬の念を抱きます。
この名前には、そんな気持ちを込めました。

沖縄の身近な自然や文化、歴史に触れる体験の拠点に、あるいは日常の生活で疲れた心と体を癒す拠点に、「あがいてぃーだ」をご利用いただければ幸いです。

オーナー紹介

オーナー紹介
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すぎもと ちえみ

杉本 知依美

1981年、短大を卒業後地元名古屋で保育士となる。
1986年、沖縄でのスキューバダイビングで一緒だった現オーナーと結婚。

子どもの誕生を機に一時保育士を辞めたが、2000年次男の小学校入学のタイミングで再び保育士に返り咲き、主婦業、母親業、保育士と三足のわらじを全力で履きこなす。
好きなことは海で泳ぐこと。

今は美しい沖縄の海でのシュノーケリングが楽しみのひとつ。

名古屋市出身O型てんびん座

二人の息子の母だが、曰く、「我が家は三人息子、長男が一番手がかかる」と。

長男とは、もちろん・・・

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すぎもと たつや

杉本 達哉

1984年、大学を卒業後サラリーマンとして愛知県での生活を始める。
1986年、沖縄でのスキューバダイビングで一緒だった現女将と結婚。

1999年より10年間、指導者としてボーイスカウトに関わる。
2003年、ホールアース自然学校で環境教育・インタープリテーションを学び、2006年に「NPOみかわForest & Aqua自然塾」を設立。
2012年まで代表として、サラリーマンの傍らで自然体験プログラムを企画・運営する。

好きなことは、必要最低限のキャンプ道具を持った人力旅。2012年11月には自転車での日本縦断を実施。

今は沖縄の伝統的木造帆船である”サバニ”の操船と三線を勉強中。

静岡市出身O型てんびん座

二人の息子の父

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原点 −人生の物語−

原点 −人生の物語−

いずれはどこか自然の中で暮らしたい。

学生時代にそんなことを漠然と考えながらも取りあえず会社勤めを始めた。

当時、自然の中で暮らしたいと思ったのはなぜだろうか!?
その理由は恐らく小学校時代にまで遡る。

安倍川という大きな川の上流で、初めて水中メガネをつけて潜ったときのこと。
目の前を大きな魚が泳いでいるのがはっきりわかる。
僕はこのとき、普段自分が生活する世界ではなく彼らの生息域で、彼らの本来の姿をリアルに見ることができたのだ。

非日常の世界で見た彼らの生態は実に美しく、生命の躍動に感動を覚え、初めて他の生き物を自分と対等な立場で見ていたような気がする。

圧倒的な存在感を見せつける雄大な山並み、自然現象が作り出す見事な造形美や色彩、生命力と躍動感に溢れる動物の姿、小さな生き物たちが繰り広げる生命の営み。

全てが感動であり、癒しであり畏敬の念を抱かずにはいられない。

竜宮城があるとしたら、こんなところかもしれない。

僕はきっと、子どものときに川の中で見た本来の魚の姿に感動したように、自然の中でもっともっと多くの感動に出会いたいと思ったに違いない。

「いずれはどこか自然の中で暮らしたい。」

この気持ちは、そんな子どものころの原体験からきたのだと思う。

そして1985年8月、社会人2年目の夏、スキューバダイビングで潜った沖縄の海との衝撃的な出会いがあった。

竜宮城があるとしたら、こんなところではないか!?

この沖縄の海との出会いが、「どこかの自然」を明確に「沖縄」と決めた瞬間でもあった。

自然学校との出会い

人生の転機は、ホールアース自然学校との出会いにあると言って過言ではない。
ここでは「インタープリターという役割」と「エコツーリズムという生き方」を知った。

 

”インタープリターという役割”

五感を使う実体験は目の前の"自然"を特別なものにしてくれる。そこには自然と我々との間のある"役割"が欠かせない。

それは専門的知識による単なる"解説"ではなく、自然をより効果的に、体験するための"仕掛け"である。

その仕掛けによって、自然の営みや、そこにある歴史的背景、他の自然との関わり、或いは人間との関わりに気付く。

見えるものを通し、見えないものまでを伝えることで、目の前の自然を特別なものにしてくれる。
彼らのような役割をインタープリターと呼ぶことをこのときはじめて知った。

専門的知識はあるに越したことはないが、物事に感動し、その感動を共有することに専門的知識はいらない。

もしそれがインタープリターの基本であるとするならば、ひょっとしたら今の僕にもできるのではないか!?そんなことを思った。

エコツーリズムという生き方

「観光」という言葉を考えてみる。
「光」を「観る」と書く。

「光」とは、その地域にある「光り輝くもの」、つまり自然や歴史や文化、そこに生きる人々の生活の知恵など、後世に受け継いでいかなければならないかけがえのないものではないかと思うのだ。

そして、それを「見る」のではなく「観る」、つまり体感し、感じて気づくこと。これが本来の観光なのではないか。

自然環境や歴史文化など、その地域固有の魅力を観光客に伝えることにより、その価値や大切さが理解され、保全につながってゆくことを目指すしくみ』これは「エコツーリズム」の定義とされる。

とすれば、「エコツーリズム」こそが本来の観光のあるべき姿であり、その地域に生きる一つの"生き方"でもある。
そんな生き方をしてみたい。そんなことを思った。

今帰仁(なきじん)に決めたワケ

今となっては理由を箇条書きにできるかも知れません。
・手つかずの自然が多く残っている
・歴史的に貴重な史跡が多く残っている
・村民がみんな優しい
・有名な観光スポットに近い、等々
しかし正直に言えば「相性とご縁」これに尽きると思います。

2005夏、一週間かけて沖縄本島510kmを自転車で走ったときのこと。
いろいろな土地の風や匂いを実際に感じながら自分の足で走ると、今帰仁を含む本島北部にこの「相性」というものを強く感じました。

その後、名護・今帰仁・本部・・と北部を見て回る中、ここ今帰仁に人と自然との素敵な出会いの「ご縁」をいただき現在に至ってます。

※夢を叶えるまでの約27年間を綴ったブログはこちら

あがいてぃーだ
ロゴに込めた想い

「あがいてぃーだ」のロゴは4つのシンボルで構成されています。
一番右のシンボルが「あがいてぃーだ」つまり昇る太陽、朝日を表しています。

沖縄の自然・歴史・文化を知る拠点になりたいという想いから、サンゴの海を「自然」、シーサーを「歴史」、ゴーヤを「文化」の象徴としてデザインしています。